東京都新宿区 戸山、霞ケ丘両団地

2012.6.3 08:33 家族・少子高齢化
団地内を見回る国枝さん。顔を見せる機会が少ない人の部屋を積極的に訪問する。が「どこまで(個人の領域に)立ち入っていいのか悩みはつきない」という=東京都新宿区戸山

団地内を見回る国枝さん。顔を見せる機会が少ない人の部屋を積極的に訪問する。が「どこまで(個人の領域に)立ち入っていいのか悩みはつきない」という=東京都新宿区戸山

孤立深める都心の“限界集落”

 国立競技場や神宮球場などがある東京都新宿区霞ケ丘町。この都心の真ん中に「限界集落」ともいえる地区があり、昨年、5件の孤独死が確認された。

 限界集落とは、過疎化が進む地方で65歳以上の高齢者人口が5割を超え、集落の維持や存続が困難な状態をいう。新宿区によると、区内の戸山団地(戸山2丁目)と霞ケ丘団地で、今年4月1日現在の高齢化率がそれぞれ54%と48%に上った。いずれも昭和30~40年代に建設された都営団地だ。一方で今年1月、東京都の1世帯平均人数は1・99人と、全国で初めて2人を下回った。

 都心には商店や病院などがそろい団地の世帯数も多く、地方の限界集落と同列には語れない。が、両者には共通の問題も。コミュニティーが急速に失われているのだ。老夫婦が連れ合いを失えば1人暮らしを余儀なくされ、体調を崩すと孤立化は一層進む。

 戸山団地では住民による自発的な隣近所の見回りを行っている。国枝光雄さん(78)は「こもりがちな人の部屋に積極的に顔を出している。顔を見かけない場合は、電気メーターや郵便受けにも注意を払う」という。それでも死後、しばらく発見されなかった例もあり、事態の深刻さを物語っている。(写真報道局 大里直也)

首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)が平均24.0万円、東海(愛知・岐阜・三重)が20.0万円、関西(大阪・兵庫・京都・奈良・滋賀・和歌山)が20.9万円で、首都圏が最も生活費がかかっている。

 生活費のうち住居費用は首都圏が9.4万円、東海が6.5万円、関西が7.5万円で、生活費に占める割合は首都圏(36.5%)が、東海(29.8%)を6.7ポイント、関西(33.5%)を3ポイント上回った。

soulist-aurora:

by soulist-aurora

soulist-aurora:

by soulist-aurora

もち米を蒸したやつを何回も湿らせながらしばいてたらモチになるって発想、おおよそマトモな人間のものではないな
お役所は文書主義だから、口でやりとりしちゃダメ!
むかついても「この件、文書で説明を!」と言おう。これだけで相手はビビる。
なにしろ、公的な証拠が残るから。

大体、文書回答を求めると慌てて口頭説明を始めるが、その場合は
「あくまで文書回答で」と、その場を立ち去り、さらに区役所に
「文書回答を拒否された理由の説明を請願します」と、書面で訴える。
今回の件、まだ文書をやりとりしてないなら、すぐにやろう!

尚、公務員には「説明を求められたら回答する義務」がもれなくある。
さらに、一言「請願」と書いてあれば、答えないと「請願法」という法に触れる。
要するに不法行為に問える。
(よく勘違いする人がいるが、議会に出す請願じゃなければ議員を通す必要はない)
ピアノを一日休むと腕がなまる、絵をかかないと腕がなまる、柔軟サボると硬くなる、セックスしないと下手になる。
ピアノをしない人、絵をかかない人、柔軟を軽視する人、セックスを軽視する人にとっては全てどうでもいい情報だったりするから、おもしろい。
なまりますよ、ええなまりますとも。毎日メモ帳に落書き程度でも欠かさないほうがよいですよ。
大正時代の人のあいだで、手紙でルー語みたいなのを使うのが流行っていて、「素敵なレターをサンキュー」とか、「あなたのみ心」を「あなたのみハート」と書いてて、みハートとか結構センスいいと思うんですが、明治の人は「これだからゆとりは」みたいなこと書いてます。
Twitter / kamozi (via katoyuu)
役員が「お前らの支店の前、街宣車で怒鳴りちらしたろか!」
吉本興業と闘った三菱東京UFJ銀行「恐怖の記録」


週刊現代http://www.bitway.ne.jp/kodansha/wgendai/ocn/article/111107/top_05_01.html

「なんや、お前がウチに来きとって、挨拶もなしか、コラア!」
男はそう叫ぶと、いきなり机を蹴り上げ、パイプ椅子を壁に叩きつけた。

慌てて止めに入った秘書に、男は大声で言った。
「おい、いますぐビデオカメラ持ってこい。こいつらの動画、ユーチューブで流したる!」

五十近い男の、幼児性をともなう激しい暴力。
この人は普通じゃない――その場に居合わせた者は全員、凍りついた。

場所は東京・神田神保町に当時あった、吉本興業東京本部の会議室。
暴れている男は吉本興業の取締役にして、経営・財務戦略本部の本部長を務める人物・A氏である。

そして怒鳴られ、脅されているのは、日本最大のメガバンク・三菱東京UFJ銀行の行員二人。
彼らがA氏に抵抗する素振りはない。抵抗する術すべがない、と言ったほうがいいかもしれない。

悪の組織は素晴らしい

主人公に立ちはだかる「悪の組織」を束ねるのは、理想の上司と形容されるような素晴らしい人物でないといけない。

「ブラック企業」に代表されるような、部下をこき使う、魅力のかけらもないような人物を悪の黒幕として設定すると、主役の戦いに大義が生まれない。

ブラック企業の上司は、部下となった人たちから選択肢と睡眠時間を奪う。部下に対して、組織に賛同する意思を引き出すのではなく、「組織に賛同しない」という選択肢を奪おうとする。物語ではたいてい、主人公は悪の組織に何かを奪われた存在として描かれるけれど、「ブラック企業」的な組織の末端には、やはり大切な何かを奪われた人たちが主人公に立ちはだかることになる。

能力にまさる主人公が、等しく「奪われたもの」であるこうした人達を倒してしまったら、読者の共感は主人公から離れてしまう。

物語を背負う悪の組織は、社長から平社員に至るまで、だから自分の意志で組織の目的に賛同し、モチベーションの高い人達で構成される必要がある。

悪の黒幕は素晴らしい人物で、目的は遠く大きく、進捗管理に巧みで部下のモチベーションを引き出すのが上手で、自身には常に厳しく未来を見据える。強力な能力と動機を兼ね備えた人たちが素晴らしい上司のもとに結集して、目的に向かって一丸となって突き進む。主人公の戦いを通じて読者の共感を維持しようと思ったら、悪の組織は必然として、組織としてむしろ理想的なものにならないといけない。

「ああ、死にたい…」って毎日のように言ってる人よりも「毎日がもう楽しくて仕方がない!」って言っている人の方が「こいつ頭大丈夫か」と思ってしまう不思議な国、それが日本です。
Twitter / natume22 (via atm09td)